熊本大学附属図書館 研究者インタビュー

熊本大学学術リポジトリ 研究者インタビューのページです。

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宇佐美しおり先生(大学院生命科学研究部 保健学系)

このインタビューは、九州地区の大学図書館が合同で開催する
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大学院生命科学研究部 保健学系 宇佐美しおり先生
熊本大学研究者情報

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Q.先生の研究内容について教えてください。

私の専門は、大きく分けると三つあります。一つ目は、精神看護学と呼ばれる領域です。精神障害者の患者さんの症状の再発を防ぐために、精神障害者の患者さん自身がどのような点で日常生活を工夫すると症状が悪化しないようになるのか?といった事を中心に研究しています。二つ目は、リエゾン精神看護と呼ばれている研究です。ガンなどの身体疾患が原因で一時的に精神的に不安定になられる患者さんに対して、どんなふうに支援すると早期に回復して病院に長く入院しないで済むのか?といった領域を研究しています。最後に、私は大学院博士前期課程の高度看護実践コースで専門看護師(Certified Nurse Specialist,CNS)と呼ばれる特別な資格を持っている看護師を育成しているのですが、現在の精神医療の中で専門看護師がどのように活躍できるのか?どのような成果が上がるのか?を研究しています。

Q.研究を始められたきっかけについて教えてください。

日本の精神医療は患者さんのほとんどが病院に入院していて、世界でも精神科の病床数が一番多いじゃないですか?仕事を始めた時、病院に入院している患者さんが自分でセルフケア出来れば、家に帰れるのではないか?と思える患者さんが結構多かったんですね。そういう経験もあって、継続して研究したいと考え始めました。

もう一つは、総合病院の中で身体疾患が原因でうつになってしまう人が多いんですね。でも、一般の病棟にいらっしゃる患者さんがうつになっても割と気付かれにくい。例えば、精神疾患になれば病気という風に分かりますが、一般の内科や外科にいらっしゃる患者さんが身体の病気をきっかけにうつなどに罹られたというのは発見が遅れるんですね。でも、早くに介入すると早くに精神状態が回復される、という事があって、どうやったら早くに介入して精神状態が悪化するのを予防できるのかというのをずっと考えていたんですね。それでリエゾン精神看護という領域の研究にも非常に関心を持つようになりましたね。

Q.今後の研究の方向性や抱負について。

現在、身体疾患が原因で精神的な病気になられた患者さんや入院中の精神障害者の方々に対してマニュアルやプロトコール作りをしていて、このようにやっていくと患者さんは悪くなりませんよ、あるいは地域の中で長く再入院しないで生活できますよ、という事を今後きちんと示していきたいと思っています。
そのプロトコールを作り、現場の看護師さんに活用してもらう事で、そのような問題を持つ患者さんに対しては共通の介入が出来るので、ある患者さんには良いケアが提供されたけど、別の患者さんには提供されなかったというのが少なくなると良いなと考えています。

Q.熊本大学学術リポジトリを知ったきっかけを教えてください。

きっかけとしては、学会誌などで査読の規定に書いてあったからですかね。

Q.宇佐美先生は非常に多くの論文をリポジトリに登録されていますが、リポジトリに登録するようになったきっかけがあれば教えてください。

きっかけとしては、学生さんがいろいろな手段を用いて論文を自分で調べなくなったので、登録するようになりました。昔は、自分の指導教員がどういう研究しているのか調べていたのですが、最近は本当に調べませんね。探せばすぐ答えが出てくると考えている学生が多い状況です。最近の学生さんが論文を探すということに関しては、まだまだだなと感じています。良い論文を引っ張ってこない。でも、リポジトリに登録しておけば、見つけるのも難しくないし自分の指導教員が書いているものくらい読むのではないかと考えました。

また、看護の雑誌は幅が広く、その雑誌を知らない人は見ることが出来ない事が多いんですね。それも登録するきっかけの一つではありますね。リポジトリに登録すると他の大学の人たちにも検索し読んでもらえる機会が多くなるじゃないですか?精神看護の領域はなかなか難しくて、まず雑誌が少ないし、偏った雑誌を読む人が多いんですね。でもリポジトリに登録しておくと、色々とヒットする。それもあってリポジトリに登録するようにしたんですが。

Q.アメリカの方が精神医療では進んでいるというイメージがあるのですが、やっぱり日本は看護について後を追随している状況でしょうか?

遅れているのではないかと思います。一つは教育の背景が大分違うというのが大きいですね。アメリカは合理的な国なので、看護師の役割がとても拡大してきている。日本の場合、同じようなことをしようと思ったら何が出来るものか?みたいな話になるので、大分背景が違いますね。アメリカの事例は看護師の裁量範囲を拡大したりとかしている点では参考にはなるんですが、文化的な背景が全然違うので直接それを用いることはないですね。用いてもあまりうまくいかないので。

Q.宇佐美先生が熊本大学学術リポジトリに登録されている論文のなかで、ダウンロード数がひと際多いものがありますが、その理由についてどう思われますか?

多分、ダウンロード数が多い論文に関しては、身体疾患で入院されている患者さんたちが精神的に不安定になられた時に看護する人をリエゾン精神看護専門看護師と言っているのですが、そのリエゾン領域の関心が非常に高くなっていて、医師たちの関心も高くなっています。総合病院に勤務する精神科医も増えてきていて、その人たちがリエゾンコンサルテーションチームという事に非常に関心を持って、診療報酬にそれを反映させたいという動きをしていらっしゃるんです。来年4月に診療報酬の大きな改定があるので、そこに向けて働きかけをしていらっしゃるようで、精神看護専門看護師にもお声がかかり、一緒に診療報酬改定にむけて「リエゾンチーム」加算をとれるようにしよう、と話しをすすめて下さいました。この動きに伴ってデータを欲しいという方が多いのではないでしょうか。よく尋ねられます。

Q.「熊本大学学術リポジトリ」に掲載された論文をどのような人に読んでもらいたいですか?

やっぱり、まずは学生ですね。まずは読んで勉強してください、って感じですかね。学部を卒業して看護師となり、また大学院に戻って勉強したいという場合は、今こういう風に精神科は発展していますよ、という流れを理解してもらえたり、関心を持ってもらえれば良いなと思いますね。

Q.熊本大学学術リポジトリについてご意見、ご感想をお願いします。

この間も話題に挙がったんですが、リポジトリに登録すると二重投稿だという話も非常に出てきています。以前まではリポジトリは二重投稿という見方はされていなかったんですが、最近は二重投稿ではないか?という節も出てきているので、考え方や示唆が分かるページがあればいいなと感じています。
あとは「リポジトリで論文がでますよ」というPRを積極的にもっとしてもいいのでは?と思う事もありますね。あと、リポジトリに登録されている先生の数が、少なくないですか?もっと増やさないといけないと思います。だって学会誌に出した後、登録できるじゃないですか?論文を見ていると助教の先生も多いので、大学としてはもう少し講師以上の先生方も登録数を増やしても良いと思います。

宇佐美先生、ありがとうございました。

宇佐美しおり先生が「熊本大学学術リポジトリ」に登録されている論文をご覧になりたい方はこちらをご覧ください。
宇佐美しおり先生 熊本大学学術リポジトリ 登録論文リスト

インタビュー日
2011年10月3日
インタビュー担当
柿原(熊本大学教育研究推進部図書館ユニット 医学系分館担当)
記録担当
村上(熊本大学教育研究推進部図書館ユニット 閲覧担当)

テーマ:短大・大学 - ジャンル:学校・教育

犬童康弘先生 (医学部附属病院 小児科)

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熊本大学医学部附属病院 小児科 犬童康弘先生
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Q.先生の研究内容について教えてください。

先天性無痛無汗症(Congenital Insensitivity to Pain with Anhidrosis: 以下CIPA)と呼ばれる遺伝性疾患の研究を行っています。生まれつき痛みの感覚がなく、汗をかくことができないという稀な疾患です。私たちは生後1ヶ月のCIPA患児との出会いをきっかけにして研究を開始して、その原因をはじめて明らかにしました。(この研究の経過については、熊大学術リポジトリに掲載した、以下の論文で紹介しています)

犬童康弘 / 先天性無痛無汗症 : わが国の小児科医・研究者によって新たに提唱・発見された疾患, 疾患概念, 原因の究明された疾患17, 小児内科, 40(10), p1701-1707, 2008

実は身近な遺伝性疾患
CIPAの患者数は国内では100名前後とされています。遺伝子の機能喪失を原因とする非常に稀な疾患です。患者の父親と母親はこの疾患の原因となる変異遺伝子を1個ずつ持っていますが、発症せず病気としては現れない遺伝的保因者です。例えば100万人に1人が発症すると言われると、そんなに稀なら自分には関係ないと思ってしまうかもしれませんが、500人に1人は遺伝的保因者なのです。2~3万個ある遺伝子の中で、誰もが必ず10個くらいは遺伝病に関連する変異遺伝子を持っていると推定されています。病気の症状が出ないのは保因者の状態にあるからです。みんな何も異常がないと思っていても本当はそういったものを持っているし、それが普通なのです。
社会一般の人たちには、まだ遺伝性疾患についての誤解もあるようです。ヒトの遺伝についての理解が深まり、このようなことが、広く一般に知られるようになると、遺伝性疾患についての考え方も変わるのではないかと思います。

「痛みを伝える神経」と「交感神経」のはたらきと内感覚の概念
研究を進めていく中で、CIPAの子どもたちには「痛みを伝える神経」と自律神経の「交感神経」がないことが分かりました。触った感じは分かるが、熱さや痛みが分からないのです。彼らを診ることによって「痛みを伝える神経」や「交感神経」が、健常な人たちでどういう働きをしているかが分かってきました。

バラの棘で皮膚をひっかくと周りが赤くなり腫れて痛くなる炎症反応がおこります。私たちは血液とか免疫によって炎症反応が起こると教科書的には学んできました。しかし、CIPAの子どもたちでは、私たちのように赤くなる反応や痛みが起こらないのです。このことから、炎症反応には「痛みを伝える神経」が関係していることが分かってきました。
「痛みを伝える神経」は枝分かれしていて、痛みの刺激があると1つは脊髄を通じて脳に伝わっていきます。それとは違って、もう1つ血管を拡張させたりするものが分泌され赤くなる反応を起こす軸索反射の経路があることが分かってきました。炎症反応に神経が関与していることは古くから知られていましたが、「痛みを伝える神経」が大事だということがCIPAの子どもたちから分かってきたのです。

神経は普通、視覚なら光に対する反応といったように特異的に働きます。しかし、「痛みを伝える神経」は痛みだけでなく、痛みとして意識されないかゆみや炎症に関わる生体物質、体の中の変化、暑さや涼しさなど様々な刺激にも反応するので「poly(多い)」「modal(様式)」といった意味から「ポリモーダル受容器(polymodal receptor)」とよばれることもあります。
視覚や触覚など外から受ける刺激を感じることを外感覚と言います。温覚・痛覚といったものは単にそれが強くなったものと考えられてきましたが、実際には伝える神経が違っているのです。最近、内感覚(interoception)という概念が出てきて、「ポリモーダル受容器」が体のあらゆるところに網の目状にあり、自分の体の中をモニターしているという概念が出てきました。熱いものに手を近付けると熱さを感じるので、外の感覚と同じと思われていましたが、実際には自分の体の中の変化を感知しているのです。例えば、暑いと感じたら「ポリモーダル受容器」がシグナルを脳に送り、脳は血管を拡張させて熱を放散し汗をかいて体温を下げようとします。この発汗作用は交感神経により調節されています。寒い時に血管を収縮させて熱が逃げないようにし、鳥肌が立つのも交感神経による反応です。外の温度が変化しても体の温度を一定に保つホメオスタシス(恒常性)に「ポリモーダル受容器」による内感覚と交感神経が役立っているのです。
CIPAの子どもたちはこの「ポリモーダル受容器」と「交感神経」が欠損しているので、体温調節ができません。そのため夏は高体温になり冬は低体温になってしまいます。

「心と身体」の関係と情動
また、「痛み」は「情動」とも密接に関連しています。情動には「身の毛もよだつ」「胸が躍る」「手に汗を握る」といった表現があるように、胸がドキドキしたり手のひらが汗ばむといった交感神経の活動による身体的な反応が必ず起こります。情動的な反応がおこるためには「痛みを伝える神経」と「交感神経」がうまく働かないといけません。例えば、猫が犬に出会った時、猫は毛を逆立ててうなり声をあげしっぽを立てます。よく見れば瞳孔が開き肉球が少し濡れて脈拍も上がっているはずです。人間も怒ったりけんかをするときにはそうなります。これらは自分の体を守るための反応です。痛みもそれと同じです。程度の大きい小さいはありますが、私たちはそういったことを毎日感じながら成長して学習していきます。1回怖い目にあったら、2回目からは学習して避けるようになります。しかし、CIPAの子どもたちは痛みを感じて学習することができないため、危険な行動によって骨折を繰り返したり、加減が分からないまま飛んだり跳ねたりすることで足や膝の関節に過度の負荷がかかり関節が破壊されて変形し、歩行機能に影響が出ることもあります。痛みはつらいものですが、痛みの無い生活は危険なことです。
「脳と身体は切り離せない」「心と身体は切り離せない」と漠然と言われていますが、「痛みを伝える神経」と「交感神経」が脳と体をつなぐ重要な神経だということが分かってきたのです。

現在、CIPAの研究を通じて学んだことをもとに、臨床医学と脳神経科学の両方の視点から、ヒトにおける「脳と身体」の関係について、別の言い方をすると「心と身体」の関係について明らかにすることを目標に研究を続けています。


Q.熊本大学学術リポジトリを知ったきっかけを教えてください。

初めは図書館からのメールや各教室へのアナウンスで知りました。私がリポジトリに寄稿した理由はいくつかあります。

研究内容の一般の人たちへの公開
私たちがしているような遺伝子の研究はお金がかかるので、科学研究費などを取得していますがその研究成果として投稿した論文は限られた研究者しかアクセスできません。リポジトリは誰でもアクセスできるとのことでしたので、公的な研究機関に属するものとして広く一般の方に知ってもらういい機会になると思いました。

発展途上国の研究者にもアクセスが可能
私の共同研究者には、バングラデシュやカンボジアからの大学院生もいました。彼らの名前が載っている論文をリポジトリに入れておけば、帰国した後も自国からインターネットでアクセスして自分の実績として紹介できるのではないかという思いもありました。
発展途上国でも、近年自国で出生前診断などの遺伝子検査ができるようになってきました。その時にどの遺伝子を調べればいいか具体的な方法について知りたいという問い合わせがありました。雑誌のサイトからPDFをダウンロードして送ることはできなかったので、遺伝子解析の方法論についてリポジトリに寄稿した論文を紹介したこともあります。

例:Congenital Insensitivity to Pain with Anhidrosis: Novel Mutations in the TRKA (NTRK1) Gene Encoding A High Affinity Receptor for Nerve Growth Factor, American Journal of Human Genetics, 64(6), 1570-1579, 1999

電子化される以前の論文
電子化以前に出版された論文は、雑誌のサイトでもアブストラクトしか掲載されていなかったり契約外になっていたりしますよね。例えば、私たちが先天性無痛無汗症について最初に発表した論文は、掲載誌が電子化される以前のものです。こちらを引用して欲しいのに、電子化後に出した論文の方が見つけやすいからか引用が多くなっていました。リポジトリに入れておけば古い論文でも形が見えるようになるので、こちらを引用してもらえるのではという思いもありました。

例:Mutations in the TRKA/NGF receptor gene in patients with congenital insensitivity to pain with anhidrosis, Nature Genetics, 13(4), 485-488, 1996

著作権の問題
電子化以前は海外の研究者などから別刷り請求のハガキがくると、別刷りを郵送していましたが、最近はPDFファイルを送って欲しいと連絡がきます。しかし、雑誌によっては著作権の問題でそれができるとは限りません。このような場合でも、出版後一定の期間が経過したらリポジトリへの掲載が許可されることもあるので、誰にでも読んでもらえるようになります。例えば、「Expert Review of Neurotherapeutics」という雑誌は出版後1年が経過すればリポジトリに掲載することができます。

例:Nerve growth factor, pain, itch and inflammation: lessons from congenital insensitivity to pain with anhidrosis, Expert Review of Neurotherapeutics, 10(11), 1707-1724, 2010

出版社版はこちら
熊大リポジトリ版はこちら (2012.2.22追記)


Q.熊本大学学術リポジトリについてご意見、ご感想をお願いします。

附属図書館のリポジトリは、大学からの情報発信の手段として、また科学研究費など公的な資金の援助を受けて行われた研究成果を社会に広く公開して理解してもらう手段として、これまでに以上に重要な役割を演じることになると思います。そのためには、リポジトリの充実が必要不可欠です。今後、多くの研究者から賛同が得られることを期待しています。

犬童先生、ありがとうございました。

犬童康弘先生が「熊本大学学術リポジトリ」に登録されている論文をご覧になりたい方はこちらをご覧ください。
犬童康弘先生 熊本大学学術リポジトリ 登録論文リスト

インタビュー日
2011年9月26日
インタビュー担当
廣田(熊本大学教育研究推進部図書館ユニット 利用相談担当)
記録担当
柿原(熊本大学教育研究推進部図書館ユニット 医学系分館担当)

テーマ:短大・大学 - ジャンル:学校・教育

高橋隆雄先生 (大学院社会文化科学研究科)

このインタビューは、九州地区の大学図書館が合同で開催する
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熊本大学大学院 社会文化科学研究科 高橋隆雄先生
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Q.先生の専門分野についてお教えください。

私の専門は、広く言えば倫理学です。大学時代に専攻したのは哲学です。
哲学と倫理学との関係は、哲学の一分野が倫理学だと考えていただくとわかりやすいですね。

倫理学の中でもいろいろと分野がありますけれども、この10年ほど力を入れてきたのが生命倫理学です。20代のときには抽象的な哲学、30代の終わりくらいから環境倫理学、政治哲学に関心をもちまして、現在は生命倫理学に最も関心があります。欧米の倫理学や思想だけでなく、日本思想を取り入れた応用倫理学について考えています。

Q.この研究をはじめられたきっかけは何ですか?

我々は紛争世代なんですね。大学の教養のクラスでは浪人して大学に入った同級生が半数を占めていたのですが、彼らにしばしば「マルクス、エンゲルスは読んできたか?当然読むべきだ。」と言われました。ところが、読んでいくと面白くて、勉強会をやったり議論をしたりして、そのうちに哲学の歴史を遡っていきました。マルクス、エンゲルスからフォイエルバッハに行ったり、ヘーゲルやカント、それ以前にまで行ったりしました。

もうひとつの方向として、実存主義という哲学的立場に影響を受けました。大学2年のときにニーチェを読みました。今、「ニーチェの言葉」という本が売れていますね。ニーチェの言葉には人を動かす力があるんですね。だからあのような本が出るのは当然だと思います。そのニーチェを大学2年の時に読んで、非常に驚いて、鳥肌が立つくらい感動しました。それが哲学を本格的に勉強しようと思ったきっかけですね。大学院ではカントの認識論やヴィトゲンシュタインの言語哲学といった抽象的な哲学を学びました。けれども、哲学に入ったきっかけが実践的なことだったので、次第に倫理学の方向へ関心が向くようになったのです。

Q.現在の研究について教えてください。

環境倫理学や生命倫理学に取り組んだ時に疑問を持ったんですね。なぜ日本の環境倫理や生命倫理を研究する人たちは、アメリカやヨーロッパの理論を学んでばかりいるんだろうと。

倫理学とは、ある社会や国、職場や職業などにおいて生ずる善悪正邪にかかわる問題を考えるものです。
生命倫理は生命科学や医学の領域の問題を扱い、「生命道徳」とは言いません。
道徳というのはもっと一般的で領域に限定されず、どんな時どんな所でも人間が生きるべき仕方を問題にしています。一方、倫理というのはたいてい領域限定型なんですね。

環境倫理も人間と環境の望ましいあり方を考えていくもので、環境道徳とは言いません。
倫理を学ぶということは、ある領域や分野に限定された理論や規範を考えることです。
ですから、生命倫理といってもアメリカ、ヨーロッパ、日本、アジア各国でみな違うんですね。みんな違うにも関わらず、アメリカやヨーロッパから生命倫理学や環境倫理学を輸入して、その理論だけを学ぶことに疑問を覚えました。

哲学は普遍的・抽象的なものであり、道徳哲学というのもやはり抽象的でいいと思います。しかし倫理についてはある団体、領域、国という枠の中で理論構築すべきだと思います。
そういう意味で、日本の現状に根ざした、日本の土壌、文化的風土、慣習そういったものを踏まえた環境倫理、生命倫理であるべきだと考え、これまで主張してきました。
当然そういうことを踏まえていかないと本当の意味での倫理学、具体的な現実を扱う応用倫理学の研究としては不十分ではないかと思います。

Q.今後の研究や抱負について教えて下さい。

3月11日に起こった震災が僕の中に非常に重くのしかかってきています。なんとかしないといけない。なんとかするというのは、我々としては、ボランティアに行くよりも、それを思想として思想的課題としてとらえていくことが大事ではないかと思っています。

日本の環境倫理は、今までアメリカの環境倫理を輸入していました。アメリカの環境倫理の特徴というのは自然保護なんですね。アメリカは荒々しい自然があるにも関わらず、保護を中心とした環境倫理学になっている。日本も大方はそれを追随していますが、その中には防災という考え方がほとんど入ってきません。

例えば、あるアメリカの環境倫理学者の説では、生態系を保護していくことが最優先されます。自然という大きな営みから見ていくと、生態系が壊れるということは大問題なんだけれど、災害がおきたとしてもまた別の生態系が復活してくる。これは繰り返されてきたパターンであると考えます。ただ人災が入ってくると、生態系そのものをどうしようもなく壊すことになりかねない。だからそこのところは人間の手から保護しなければいけない。自然による災害がおきてしまってもそれはそれでいたしかたないという考えですね。

だから防災などは理論の中に入れない、むしろ排除していくんですね。そういう点では日本の環境倫理学も防災ということを念頭にほとんど置いていない。聞こえのいい「自然と人間の共生」という言葉が流行っていますが、人間と自然との関係はそのような美しい言葉で表現できるものではないと思います。

ですからこの震災を契機に、防災ということと保護ということの両方を取り込んだ環境倫理、環境哲学を考え直さないといけないと思っています。そういうことを考える上でのベースは、欧米のものではなくて日本のものを求めるべきだと考えています。

一番基本にあることは何かというと、日本では人間と自然との関係は人間と神との関係とほぼイコールなんですね。人間と神との関係をもう一度考え直す方が有意義だろうと思っています。

人間と神との関係というのは僕がこの十数年考えてきた生命倫理学の基本テーマです。医療の話をしながら、実は人間と神の話を一番基礎に持ってきています。

人間は神にケアしている、そこには命と命の関係があるいう考えを持っています。ケアといっても、やさしいケアではなくて、ケアをしないと向こうが暴れるのでケアするといったものです。それでは身も蓋もないように聞こえますが、例えば赤ちゃんへのケアが典型です。赤ちゃんはかわいいけれど放っておくと暴れてギャアギャア泣きますね。静まってもらうために世話をします。世話するうちに、世話しないといけないという気持ちが自分の中に高まってきます。そして、静まってくれるとものすごく平和な気持ちになります。

これが人間と人間、人間と神、人間と自然の関係の基本形だと思います。そういう意味で人間と自然がうまく共生して気持ちいい関係になっているというのは、赤ちゃんの世話をした後でいい関係になっている状況だと思いますが、一時間、二時間したら赤ちゃんはまたギャーって泣き出しますね。いつも一時期だけ共生があるけれどもすぐに壊れてしまう。それが命と命の関係です。

3年前に『生命・環境・ケア―日本的生命倫理の可能性』という本を書きましたが、そこで書いたことが自分の思想のベースとしてあります。それを踏まえてこの大震災の思想的な意味を再検討しようと思っています。

清水幾太郎という社会学者が関東大震災について述べた論文があります。その中で、日本人は大きな災害があってもすぐに忘れてしまうと指摘されています。例えば東日本大震災についても「今回の震災」といったりしますね。一度の災害として特別視せず、過去にもあった、次もやってくる、一回限りではなくて、繰り返してやってくる、そういったパターンとしてとらえています。しかもそれは神からの罰であるといったように、人間が理解可能なものと解釈されます。清水氏は、人間と神との関係を自然の循環のうちに置くような考えをやめるべきと主張します。

18世紀半ばにポルトガルのリスボンで大地震が起きて1万何千人が亡くなっています。その大地震をきっかけにして、世界は神がつくった最善のものであるという思想が批判されていきます。他にも色々と批判はあったのですが、大地震が大きなきっかけとなりました。この頃から、神の作った最善の世界というよりも、人間が世界を最善のものにしていかなければいけないんだという啓蒙精神が力を得ていきます。

リスボン大地震というのは、そういった思想の大変革を後押ししたけれど、リスボン大地震の十倍もの死者を出している関東大震災は思想的変革を一切生まなかったと清水氏は憤りを持って書いています。
今回の震災でも、また数年後元に戻ってしまうのであれば、清水幾太郎の憤りと同様のものを後で他の誰かが持つかもしれない。苦しみが苦しみだけで終わってしまう。それを非常に心配しています。

我々日本人というのは、どんな所に住んでいて、どんな思想で生きてきたのか、これからはどのように生きるべきか、そういった基本的なことがらについて自覚することをそろそろ考えようじゃないか、と思っています。
これがこの半年間で与えられた僕自身の思想的課題だと考えています。

Q.先生が「熊本大学学術リポジトリ」を知ったきっかけを教えてください。

熊本大学文学部倫理学研究室から『先端倫理研究』という紀要を出版しています。2006年3月に学術雑誌登録してしばらく経った頃に図書館から熊本大学学術リポジトリに紀要論文を掲載してみないかというお知らせがありました。それからリポジトリに論文が掲載されるようになりました。

この紀要には、大学院生も論文を掲載しています。
自分の論文をリポジトリに登録している大学院生が、毎月送られてくる自分の論文のダウンロード情報を見て「こんなにアクセスされた!」と喜んでいました。日本中に読まれていることがわかります。数年経っても、まだダウンロードしてくれている、あれは嬉しいですね。とても励みなると思います。

先端倫理研究 目次

Q.論文をどのような人に読んでもらいたいですか?

研究者、学生ですね。できれば高校生にも読んでもらえたら、と思います。

Q.「熊本大学学術リポジトリ」に限らず、他大学のリポジトリに登録されている論文をご利用になったことはありますか。あれば感想やご要望をお聞かせ下さい。

我々研究者はリポジトリを頻繁に使っていると思いますよ。例えば、ある概念を調べる際に辞書を見てもほんのわずかしか掲載されていないけれども、ネットで論文検索をするとおもしろい論文がヒットすることがあります。
とくに、自分が専門としていないところでよく使います。

アニミズムについての研究会を行った際に、普段はあまり読まない領域なのでネットから20~30程度の論文をダウンロードして片端から読みました。そうすると、現在の水準がどうであって、どのような議論がなされているのかということある程度までわかります。
非常に便利ですね。

Q.「熊本大学学術リポジトリ」についてご意見,感想をお願いします。

毎月送られてくるダウンロード・統計に関するサービスはとてもいいと思います。

Q.オープンアクセスについてご意見、感想をお願いします。

学問の発展にとって必要ですね。
日本中オープンにしてもらいたいと思います。

高橋先生、ありがとうございました。

高橋隆雄先生が「熊本大学学術リポジトリ」に登録されている論文をご覧になりたい方はこちらをご覧ください。
高橋隆雄先生 熊本大学学術リポジトリ 登録論文リスト

インタビュー日
2011年9月20日
インタビュー担当
新野(熊本大学教育研究推進部図書館ユニット 電子情報担当(当時))
記録担当
廣田(熊本大学教育研究推進部図書館ユニット 利用相談担当)

テーマ:短大・大学 - ジャンル:学校・教育

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